東京の仕事を辞めて、地元に戻ってきたI青年曰く。
「うかつに実家に荷物を送るもんじゃないですね。見てください、これ」
足を上げてズボンの裾を指さす。短くて靴下が見えている。
「ばあちゃんが勝手に裾上げしちゃって。丈も計らずに、勘で」
ふたごの空中ブランコのりは、兄も弟も、うまれてからずっと一日中ブランコに乗っているので、夕焼けを知らない。
ある蒸し暑い夕方、サーカスの団長さんが風通しをよくしようとテントにすき間をあけたので、
弟は飛びながら赤い空を見た。そして1回転して、ブランコにぶら下がっている兄の足をつかんだ。
そのつかみかたで兄は弟の驚きに気がつき、
自分も次のブランコに飛び移りながらテントのすき間を見た。
真っ赤な空がはてしなく広がっていた。
そして逆さにぶら下がっている弟の手をつかんだ。
ふたごの兄弟は何も言わなくても、手をにぎればおたがいの考えていることがわかる。
次の瞬間、彼らは次のブランコに飛び移るかと思いきや、テントのすき間から飛び出した。
テントの外では、ふたごはブランコの代わりに、空にうかぶ雲をつかんで、回転しながらつぎつぎに飛んでいった。
行き先は、あの真っ赤な夕焼けの向こう側。
ここは元は旅館の別館。建物は昭和33年築で、役所の結婚式とかそういうことに使われてたんだけど、おれが34の時に買い取ったんだ。昔は美流渡も炭坑があった頃は1万2千人くらいいて、ここで旅館やら宴会をやっていたんだ。
それまでは、17の時に馬を飼って畑を借りて耕したり、釣り堀と食堂つくったりしてた。中も見てくれ。廊下は9尺幅、階段は6尺幅。使ってたふとんがそのまんまにおいてある。奥のホールは今ママの舞踊の稽古場になってるけどよ。かあちゃんは名取りだ。生徒もとってるんだ。
まあ、このソファに座りなよ。テレビ見るか? この建物に9台あるんだ。
内装のかべの色もいいだろ? 当時いた使用人にぬらせたんだ。真っ白じゃなくて、アイボリーとピンク。
買わねえか? 安くするよ。壊すには思い入れがあってもったいないんだ。○百万でどうだ? 何なら買いやすいように、分割にしてもいいぞ。ここでなんか商売でも始めればいいだろ。
なんなら畑も貸すよ。こっから見えるだろ。今もママと植えてたんだ。
パークゴルフ場もあったんだ。18ホールあって、芝刈り機でいっしょうけんめい刈ったよ。
17の時に畑を借りて馬で耕してマメを作ったんだけど、不作でな。地代を払えなくて、その代わりに地主さんが、植えてあるオンコを持って行って処分してくれ、といったんで、そのまま植えたのが60年前。それが今ではこんなに大きな木になってる。灯籠はあれが120万、こっちのが60万。いい庭? そうか、うれしいな。あの踏切信号機? ああ、スキなんだ。もらってきた。
どうだ、買わねえか? 商売とか、そうじゃなかったら、あんたらが2階に住んで、1階を友だち呼んで、かしてやればいい。友だち呼ぶときにはな、「小さい別荘買ったから見に来てくれ」って言うんだぞ。小さい小さいっていってな、そしたら、実際見たらびっくりするから。
そうか。連絡先を教えてくれ。ぜひ考えてくれ。
昨日から引っ越しを始めています。引っ越し先は郊外で、ほとんど山の中といってもいいくらいの場所。大家さんの土地が広いので、草刈りやそのほかメンテナンス作業をしているおじさんがいます。
さて、引っ越した家の風呂場を見ると、なんと長さ1mほどの蛇。蛇が出ること自体は縁起が良さそうですが、毒蛇だと心配です。そこで先ほどのおじさんに聞いてみました。
「おじさん、蛇が出たよ」
「ああ、このへんはいっぱいいるんだ。どんな蛇だった?」
「緑色で、銀色に光っていたな」
「アオダイショウかな。アオダイショウってヤツは茶色から銀色から、いろいろいるんだ」
「マムシはこの辺にはいないの?」
「何年もここの手入れやってるけど、俺はみたことないな」
「マムシって、どんな色?」
「見たことねえから、わかんね」。
…安心していいのだろうか。
今日は運転免許試験場に行きました。午前の筆記試験が終わり、施設内の食堂で昼食。
横に座っていたどこかの会社の同僚らしき、30才前の男女の会話。
男「イカスミとタコスミのちがいって知ってる?」
女「しらなーい」
男「イカスミにはグルタミン酸があるけど、タコスミにはないんだって。グルタミン酸って知ってる?」
女「しらなーい」
男「うまみの元でさあ、おれもはじめて知ったんだけど、味の素ってそれでできてんだよ」
女「だからかあ」
男「グーグルで味の素って検索したら出てきて…」
その年になって味の素がグルタミン酸だということも知らないのか、頭の悪いヤツめ、と横でカレーを食べながら私は思った。今時の若いヤツは、とも思った。ついでにうまみはグルタミン酸だけじゃなくてイノシン酸もそうだ、と教えてやろうかと思ったが、やめた。
その10分後。食後の私はロビーで文庫本を読んでいた。近くで20代前半らしき若い女性が携帯電話で誰かと話していた。
女「4月8日よ、知ってる? お釈迦様の生まれた日。知らないの?」
正直、私は全然知らなかった。
女「でね、ドラえもんも同じ4月8日が誕生日なの」。
全く知らなかった。面白いことを教えてもらった。
女「どう? もう忘れないでしょ」。
たしかに、絶対忘れないと思う。完敗だ。
ご連絡です。
このブログの中で、スケッチのことと、花のことは別のサイトに分けました。このサイトでは、お話や物語だけのブログにします。というわけで、別のページもご覧いただければ幸いです。
いずれもブックマークいただければうれしいです。
自動車教習所の授業の中には、数人でグループになってディスカッションをするものがある。昨日はそれで40才くらいの主婦らしき女性と、大学生の若い女性と、同じグループになった。おおむね授業としてのディスカッションは終わり、話はやがて雑談的に「どうして免許を取ることになったのか」という話題になっていった。主婦の女性の動機は、子どもの習い事の送り迎え。
「子どもが冬は歩いて帰るのはイヤだと言い出したものですから」
ということだった。
そして話題はまたいくつか変わり、大学生の女性の運転について。ディスカッションの前にあった路上運転では、見かけによらずスピードをしっかり出していた。私も、主婦の人も、彼女が出すスピードは免許取得中の女性にしてはちょっと思い切った速さのように感じた。
「スピードに慣れているんですよ」
「どうして?」
「3才からずっとアルペンスキーやってるんです。あれは速いところだと120キロくらい出るんです」
「え? うちの子どもの習い事は、アルペンスキーなの!」
今日、とあるビルでトイレに入りました。清潔で設備も新しく、気持ちよいトイレでした。洗面台も、手をかざすと自動的に水が出ます。
そして手を洗っていると、少しして出なくなりました。センサーにちゃんと反応していないのかと思って、何度か手を引いたり出したりしてみましたが、やっぱり出ません。仕方がないので、となりの洗面台に移って手を出しました。が、水が出ません。おかしいなと思って何度か手を出し入れしていると、先ほどの洗面台で水が出ました。
私は今、自動車学校に行っています。先日仮免に受かって、いまは路上に出ています。路上教習では、同じところを何度か通ったりします。
昨日の路上教習中ことですが、ある通りで、歩道の上に白い布が落ちていました。どうもそれはジャージのパンツのようでした。
しばらく走った後、またその通りにさしかかりました。ジャージはなくなっていました。
そして3度、その通りに来ました。ジャージは家の塀に掛かっていました。
バスが札幌駅北口に停車すると、にぎやかなおばさん達のグループが乗車してきました。おばさん達の話し声は大声なのによく聞き取れなかったので、きっと中国人観光客の人たちだろうと、私は思いました。中国人観光客はこのところとても多かったし、実際、大通りの雪祭りの時期にはとてもたくさんの中国人の人がいたからです。そしてバスはちょうどサッポロビール園の前を通る。あそこは観光スポットだし、じっさい、私もそこでおりる予定でした。でもおばさん達の言葉はよく聞く中国語とは少しちがうようで、また韓国語でもなさそうでした。それは東洋の言葉ではなく、西洋のそれのようで、そう、ロシア語なのでした。実際、グループの中に1人だけヨーロッパの顔つきをしたおじさんがいました。
バスは発車し、おばさん達は窓の外のサクラや会社の看板などを見て指さしてなにやら楽しそうに話をしていました。
やがてバスは「サッポロビール園前」に到着。私はバスを降りました。が、おばさん達の一行は誰もおりませんでした。
彼女らはいったいどこに行ったのか、私にはわかりません。その先には観光するところはなく、あるのはバスの営業所くらい。では何の目的で彼女らは札幌にやってきたのでしょう。いま、あのロシア人の一行は、どこにいるのでしょうか。
札幌市の桑園駅そばにあるショッピングモールに行った。金曜日の昼過ぎ。入口近くにスターバックスがある。そこで小さなテーブルを挟んで50代とおぼしきスーツ姿の男がふたり、沈痛な面持ちでうつむき加減に向かい合っていた。
テーブルの上には将棋盤と駒。
岩見沢のリトルロックヒルズ(団体見学のみ・一般非公開)に行って、木を植えました。オーナーのMさんのほか、情報大学教授のKさん、林業試験場のNさん、地元の青年Iさん。
ウワミズザクラとか、ヘーゼルナッツとか、ヒロハヘビノボラズとか、エビガライチゴとか、50本くらいは植えたかも。穴ほって、挿し木苗を入れて土を戻して、というだけなのでえらい作業でもないのですが、4時間くらいかかりました。何しろ広いんです。
数日前まで気温が低かったので、敷地内はまだ早春の雰囲気。
今日は北海道医療大学で行われた、漢方・薬草研究会に参加しました。
はじめは雨竜沼湿原をホームグラウンドに活動している写真家岡本洋典さんの講演。これがすごくいいんです。まず語り口がやさしい。がんばったり、自分を大きく見せようとしたり、強く意気込んだりするところが全くなく、岡本さんが自分で感じるまま、素直に伝えたいママをお話ししてくれました。内容もすごくいっぱいメモをしました。たとえば
第2部は医療大学内の北方生態観察園めぐり。実際、葉が1枚のカタクリをいっぱい発見しました。今年は開花が2週間ほど遅れているそうですが、5月頭には、カタクリやエゾエンゴサクの群落が見られるそうです。楽しみです。
会社に行くのも今月いっぱいになりました。
些末な雑事がいっぱいあって、なんだか実感がわきません。今の仕事は8年半、やりました。それだけにいろんなことが習慣付いてしまっているらしいのです。
それはともかく、このあとやることは、数週間のうちに別のホームページを立ち上げますので、それをご案内して、そこでご紹介できると思います。1か月くらいかかるでしょう。
あ、このブログはあくまで個人ブログとして残しますので、ご心配なく。
5月に入ったら、やるべきことが文字通り山積みです。
会社で仕事をしていた物量・質ともにこえる仕事をしないとフリーでは食っていけないでしょうから、怠け癖のある自分にはやや心配な面はあります。その代わり、組織の一員として生きていくためのウソもごまかしもいらなくなるので、気はかなり楽になるでしょう。
仕事のほかに、岩見沢のリトルロックヒルズのファンクラブの会長という役を担うことになったので、この場所を媒体として、いろんなイベントなどもやりたいと思っています。
ほんとうに、やるべきことは山積みです。
おかげで、昨日予約を入れていた散髪に行くのを忘れてしまいました。
北海道医療大学の堀田先生と、広尾の太四郎の森に出かけました。
あちらはなんと真っ白の銀世界。4月も下旬ですよ!今年は春がなかなかやってこないです。
でも太四郎の森にはエゾノリュウキンカがいっぱい咲いていました。
泉さんは15年かけて土地を探し、それからさらに18年、森づくりをしてらっしゃいます。
ちなみにエゾノリュウキンカはとてもきれいな水がないと、生きていけないのだとか。よく似た花のエンコウソウはやや淀んだ(といっても、ふつうの川よりもずっときれいな場所)に棲み分けるのだそうです。「だからエンコウソウの中にリュウキンカがあったら、そのそばに地下から水がわき出ていると思っていい」のだそう。下の写真は木の根元から水がわき出ている場所。
堀田先生と泉さんは、野草をどうやって森の中にふやすか、どんな花の芽出しが魅力的か、などのお話で盛り上がっておりました。私もそれなりに野草好きを自認していますが、かなりマニアックでついて行けない場面も多数。でも横で聞いているのはとても面白かったです。
そして、その後えりも町へ。写真はえりも岬の手前、東側の海岸。岩が海に突き出ていて、岩の間から日高山脈の伏流水がしみ出しています。
ヒダカミセバヤです。うーん。あなたこんなところにお住まいなのね。真下は打ち上げられたとおぼしきゴミなどがあったので、満潮時にはここまで波が押し寄せるのでしょう。しっかしなんというところにいるのか。えらいよ。
ついで、襟裳岬にご案内いただきました。北海道に来て22年、はじめてきました。
うわさに聞いた風がない。でも見渡すかぎり、この岬のあたり何キロも自生の樹木は生えていません。草ばかり。やはり相当に風の強いところなのでしょう。ちなみに少し離れると見えてくるのはカシワで、これは上よりも先に根をどんどん伸ばすので、風の強い場所でも比較的強いのだそう。
岬の近くにはガンコウラン。
そして岬から少し離れたあたりで道路をはずれておりてみると…。
なにかの多肉植物。1cmくらい。でもこんなところにいるなんて、すっげー。
ちなみに近くでは、昨年のセリ科の誰かがたたずんでおりました。
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